なんてね

芸大卒。何も表現していない。

3月12日の日記

母校の卒業展示会とやらに行ってきた。私の通っていた大学は芸大みたいなところだったので、四年間の集大成として作品を展示したり上演したりしている。今年は、委員会で親しかった二つ下の代が卒業する年だ。

他の大学に比べて、正社員としての就職率は圧倒的に低いけれど、卒業すれば何かしら職に就く人は多い。社会人になることで創作、製作をぱったり辞めてしまう人も少なくなかった。現に私もその中の一人だった。穿った見方をしてはいけないと思いつつ、作品を見ながら、もしかしたらこれがこのひとにとっての最後の作品なのかもと考えずにはいられない。とは言え、四年間の集大成として展示されているそれらは、華々しく重みのあるものに感じられた。

同じ学科の2つ下に、元彼がいた。彼が大学1年生を終わる頃から、2年生の冬まで付き合っていた。私の生き写しのような子だった。初めて会ったときから顔が似てると周りから言われていたが、よく話してみると性格も価値観も似た部分が多かった。おまけに私の母の旧姓が彼の苗字と同じだったので、私に生き別れの弟がいないか親に真剣に聞いてみるほどだった。

はたから見ると気持ち悪いことこの上ないのは承知だけど、無邪気で子供っぽくて、本当に弟のように思っていた。感情が顔に出やすいので、言いたいことが手に取るように分かった。そんな彼とも、丸一年まともに連絡を取り合っていなかった。去年の春から、誕生日などの節目に連絡をしても素っ気ない返事ばかりだったのだ。嫌われたのかもしれない。もしかしたら偶然会えるかもしれないと淡い期待を抱きながら、その日はなにも知らせずに卒展に向かった。

全卒業生の作品が展示されているので、当然彼の作品もあるはずだった。1年生の頃から卒論と卒制の小説の構想を練って聞かされていたので、それを読むために足を運んだのだった。

彼の名前はその中になかった。

留年するような子ではないはずだ。出席はちゃんとするし、むしろ他の人より積極的に課外授業にも取り組んでいたくらいだった。学内の賞を受賞している形跡はある。つい先日だって、有名な雑誌の新人賞を獲ったと噂で聞いた。わざと卒業しなかった? でも大学院に行きたいと入学当初から希望していたから、そんなことをする理由が分からない。その日何人か友達に会ったが、彼について知っている人はいなかった。

SNSでも繋がりがなかった。色々と方法を変えてネットで検索してみたところ、有力な情報はなかったが、いくらか憶測することができた。

仲のいい後輩にラインで訊いてようやく、彼がこの1年間休学していたことが分かった。

 

ここからは私の推測が主になる。もちろん私の想像の及ばないところにも、彼の苦労はあると思う。そして、自分と似ているがゆえ、混同してしまっている部分も多々ある。

彼のことを考えて寝るまで泣いた。ずっと子どもだと思っていたけれど、いつのまにか強くなっていた。彼が休学をする少し前、とても仲の良かった友達が亡くなった。自殺だった。付き合っていた頃、その友達の話を彼の口から何度も聞いた。同じ研究室の同輩で、彼には珍しい同性の友達だったようだ。経緯も聞いた限りでしか分からないし、彼らの間でどんなやりとりがあったのかは全く見当がつかない。ただ、想像するにそれは耐え難い衝撃だっただろう。

休学している間、ずっと執筆していたのだろうか。だとしたら、その行為だけでも相当な精神力だ。さらにそれを人に評価されるまでの完成度にし、実際に新人賞を獲るのは並大抵の努力ではできない。たまに軽々と色んな賞を取れる学生は存在していたが、少なくともかつての彼はそれには当てはまらなかった。私も同じように小説を書いてきた身だから、書くことの難しさはよく分かる。辛く苦しかっただろう。書いている途中、何度も完成への不安に駆られたと思う。完成後の評価は気がかりで仕方なかったはずだ。もし賞をとることに拘りがあったとするならば尚更。それを乗り切った強さを称えたい。どうか孤独でなかったことを祈る。もし支えていた人がいるならば、私も感謝したい。

一晩中泣いた。堪らず彼に連絡をした。簡潔に、受賞おめでとう、よく頑張りましたと送った。返事はないかもしれないと覚悟していたけれど、優しい言葉が返ってきた。この一年、そっけなくてごめんなさい、と。

自分がなぜ泣いているのか、自分でも分からなかった。彼の成長が喜ばしく、同時に少し寂しかった。別れてから2年以上経っていたから、もう彼のことが手に取るようには分からないとしても当然のことだった。遠いところから、彼の幸せを願い、応援しようと思った。

卒業展示会に並んだ作品たちを思い出した。夢を持って入学し、卒業するまでに潰えてしまう人は多い。私自身も向いてないと悟ってしまった。自分を信じ抜けるあの子の強さが尊い。卒業してから私はほとんど成長していなかった。2日前に会った中学の友人達を思う。もう大人である私達は、ゆっくりとしか時間を進められない。変わらない毎日。でも確実に、生きるということを続けていく。

「みんなが一緒に幸せになれたらいいのにね」

20歳だった頃の彼の言葉を思い出す。そうだね、と私は今、心の中で返事をした。